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幼馴染とくすぐり特訓


「あー、もーやだー」
 机に向かっている私の肩に、彼がぐりぐりと頭を押し付けてくる。シャンプーの匂いと、集中力を削り取る温もりがセットでやってくる。
 彼は幼なじみであり、私の天敵だ。家が隣同士なせいで、小さい頃から勝手に上がり込んでは、私の穏やかな時間を潰してきた。今もこうして、中間テスト前の貴重な勉強時間を堂々と削ってくる。
「話聞いてんのー?」
「聞いてるよ」
「あいつら、オレが一番苦手な国語で勝負だって言ってきやがってさー」
 彼が言う『あいつら』とは、同じクラスの男子二人。先週の休み時間、なんやかんやでテストの点数を競うことになり、どうたらこうたらで最下位には罰が下されることになったらしい。
「絶対罰ゲームこちょこちょなんだよ!!」
「じゃあ、頑張って勉強しよ?」
「なんか道具出してくんない?」
「私はネコ型ロボットじゃありません」
 彼は目を細めて、ケラケラ笑う。その笑顔が、やけに人懐っこいぶん厄介だ。
「ぶっちゃけさ、勉強するよりくすぐり強くなる方が早いんじゃね?」
「……いや、勉強し」
「この前テレビで見たんだけど!」
 私の返事は、もう彼の耳には届かない。
「くすぐったがりの芸人さんがいてさ、兄弟によくやられてたんだって。ある日、くすぐったくないって思いながら笑うの我慢してたら、あら不思議くすぐりが効かなくなったんだと!」
「へー」
 こちらも真面目に相手する気はない。古文の問題を解くふりをして、ページの端を指でめくる。
「オレも我慢すれば克服できるはずなんだよ!」
「へー」
「だから、オレをくすぐって!」
「へー」
「いや、へーじゃなくて!!」
 肩を掴んで揺さぶられる。視界が揺れ、シャーペンの芯が紙に変な線を描いた。
「頼むって!! こんなこと言えんの他にいないんだよ!」
「私より仲いい人ぐらい他にいるでしょ」
「くすぐってほしいってお願いすんの? 変態じゃん」
「自覚はあるんだ。ちょっと安心したよ」
 ねー、と上目遣いで覗き込んでくる。無駄に整った顔立ちが、こういうとき本当に腹立たしい。
「……しょうがないな」
「よっしゃあ!! 助かるー!」
 私は小さくため息をついた。

 くすぐり特訓のルール。
 くすぐったいと思わないこと。言わないこと。くすぐりを妨害しないこと。笑わないこと。そして普段通り会話を続けること。
 そんなルールを取り決めて、特訓は始まった。
「さあ、こい!!」
 ベッドを背もたれに、彼が自信満々の顔で頭に手を置く。
 足は肩幅に開かれ、胸を張っている。だが、膝だけがかすかに揺れているのを私は見逃さない。
 まずは脇腹に両手をそっと添える。
「あっ……!!」
「え?」
 触れただけ。置いただけなのに。
「いやっ、ぜんぜんっ!! 全然平気だから!!」
 平気も何も、まだ始まってすらいない。
 これではすぐ笑ってしまいそうだ。人差し指を一本、肋骨の下をなぞり、下腹部の手前まで滑らせる。彼の腰がぴくっと跳ねた。
「昨日の晩ごはん、なんだった?」
「あぁぁー……んんぅと……ぃっ、いっぱい……」
 これを会話と呼んでいいのだろうか。
 何往復か繰り返すうち、彼も少しは慣れたのか、肩の力が抜けてきた。
「くすぐったい?」
「ぜーんぜん。やっぱオレってすごっ、うひゃっ!?」
 私がどれだけ優しくしているか分からないようだ。腹立たしくて、左手の人差し指も投入し、背中の中心から腰に向けて一筋、滑らせる。背筋がびくっと反り、呼吸が一拍乱れる。
「今、笑ったよね?」
 ぶんぶんと頭を振って否定するが、その耳の先は赤い。
 まあ、今回は見逃してあげるか。

 さて。無防備に開いた腋を、指先でツンと軽く突く。
「んんっ……!!!」
 反射的に、勢いよく腕が下りてくる。
「あ、妨害した」
「し、してない!! 腕が疲れたんだよ!!」
 強がりの声はわずかに上ずっている。どうやら腋の下はかなりの急所らしい。
 じゃあ、と私はベッドをぽんぽんと叩く。
「寝転がって? だったら腕、疲れないでしょ?」
「え!? い、いや、それはさ!?」
「ふーん。勉強の邪魔したくせに、ここで逃げるんだ?」
「にげっ……や、やるよ!! 全然平気だから!!」
 自分で退路をふさいだ彼は、ベッドに上がり、大の字に寝転んだ。
「ルールもう一回言ってくれる?」
 私は寝ている彼の右腕の下あたりに正座する。明確に覚えてはいたけれど、あえて質問してみた。
「えーと、くすぐったいって思わない、妨害しない、わらわ、っうひゃあ!?」
 言い終わらないうちに、二の腕から腋の下へと人差し指を滑らせる。
 ギュッとシーツを握りしめ、なんとか耐えた彼はじろりと私を睨む。
「卑怯なっ……!!」
「くすぐったくないならいいでしょ?」
 そのまま腋の中央に指先を立て、くるくると小さな円を描く。
「それとも、くすぐったい?」
「んひぃぃ……!! くすぐったくないけどっ……!?」
「じゃあ、シーツ掴むのやめて、もっと力抜いて?」
「そ、それはぁっ……、んんっ!!」
 腰がびくびくと跳ね、さらに強く握りしめた指先がシーツにしわを刻む。笑いをこらえようと唇を噛むが、その口元はもう、笑いの形になっていた。
「ひぃっ、くはっ、ふふっ、そこっ……くすぐったっ……!!」
 特に窪んだあたりがお気に入りらしい。人差し指でちょん、と何度も突いてやる。
「くすぐったいなら、効かなくなるまで続けないとね?」
 我ながらひどいセリフだ。人間、優位に立つとこうも残酷になれる。
「やっ、ぁはっ、うひひっ……もうっ、もう効かないっ……!」
「本当?」
 そう口にしたのだから、遠慮する必要はなさそうだ。私は人差し指を小刻みに上下させ、腋のくぼみに刺激を与える。
「ひゃ!? ひゃぁあはははっ!! ま、まって……あはははっ!! そこっ、やめろぉぉ!!」
「なんで? くすぐったくないんでしょ?」
「くすぐった……くないけどさぁ!? ふははっ!! やばっ……っはははは!!」
 口では否定しながら、身体はとても素直だ。ベッドを叩きつけるように両足が足踏みし、スプリングがぎしぎしと悲鳴を上げる。その必死さがおかしくて、笑いが込み上げた。
 一旦指を止めると、彼は腕をだらりと脱力させ、口を半開きにして天井を見上げた。

 もっと笑わせたい。涙が溢れるほど、息もできないくらい笑い転げさせたい。そんな感情が抑えられずにいる。
 腋の下を十本の指先でこちょこちょすれば、きっと彼は大きな口を開けて笑うだろう。整った顔も台無しになるほど、顔を歪ませて。
 両手を腋の下に添える。その瞬間、彼の身体は硬直した。
 目を大きく見開き、息を飲んだまま動けずにいる。眉間には小さな皺が寄り、唇はかすかに震えていた。この指が動き出す、そのときを恐れているようだ。
 その表情を見た瞬間、胸の奥がくすぐったくなる。支配しているのは私のはずなのに、なぜか私まで息が詰まりそうだ。
 体温がとても熱くて、指先がじんわり汗ばむ。彼を笑わせたい気持ちと、この一線を越える背徳感が入り混じり、心臓が不自然なリズムを刻んでいた。
 それでもゆっくり、指を──。

 コン、コン。
 乾いたノックの音が、やけに大きく響いた。張り詰めていた空気が、風船みたいにしぼむ。
「スイカ買ってきたんだけど、食べるー?」
 のんびりとした母の声。
 私は慌てて彼から手を離し、ベッドから立ち上がる。ドアを開けると、お盆にはカットされたスイカがぎっしり。氷みたいに冷たそうで──誰かさんのように真っ赤だ。
「大丈夫? 顔、赤いみたいだけど」
 母の視線が、起き上がるのが遅れた彼に向かう。
「お、お手洗いお借りしますぅぅぅ!!!」
 バネ仕掛けみたいに跳ね上がり、部屋から猛ダッシュ。……いや、逃げた。
「体調でも悪いの?」
「……知恵熱かな」
 私は笑ってごまかした。
👏パチパチ

幼馴染