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動かない門番にくすぐりの刑を実行してみる


 昔、自分で書いた小説を読み返したい──。だが、執筆アプリのパスコードがどうしても思い出せない。

 ログイン画面の前に立ちはだかるのは、金髪のお兄さんだった。腕を広げ、通せんぼ。私の行く手を阻む門番である。
「違います」
 冷たく響く声。
 私が入力したパスコードは、またもや間違いだった。思いつく限りの数字を試すが、すべて無駄に終わる。
 お兄さんは一歩も動かず、壁のようにそこに立っている。
「お兄さん、あっちに何か……」
 なんとか視線を逸らさせようとする私に、彼は鼻で笑った。
「オレはなにがあっても、この場から一歩も離れたりしないよ」
 ならば実力行使だ。
 まず、彼の胸を押してみた。びくともしない。腕をつかんで引っ張ろうとしたが、地面に根を張ったように動かない。力いっぱい肩を押しても、やはりその場から微動だにしなかった。
「話聞いてた? おつむ足りてないんじゃない?」
 軽く見下すような声音に、胸の奥でカチリと何かが弾けた。
「……ねぇ、お兄さん」
 私は声を潜め、にじり寄る。
「この先に、どんな小説が保管されてるか知ってる?」
「さぁ? オレはここの門番だから。中のことは知らないよ」
「実はね、ある拷問をテーマにした小説を書いてるの」
 その一言で、お兄さんの表情がわずかに揺らぐ。
「昔からある拷問でね。それをされた人は耐え難い苦しみを受けるんだ。ある人は涙を流し、またある人は呼吸困難に……」
「……人の心も足りてなかったか」
「んー?」
「オレは超精密なプログラムだ。どんなことだって耐えられるようにできてる。そういう仕組みなんだ」
 受けて立つということか。私は彼に一歩近づいた。
「後悔しないでね、お兄さん」
 無敵だと豪語していたお兄さんは、なぜかギュッと目をつむる。
「えいっ」
 指先で、彼の脇腹をツンと突いた。
「にゃあっ!???」
 思いがけないほど可愛らしい声を上げて、お兄さんが目をかっぴらく。
「な、なに!? なにしてんの!?」
「くすぐりの刑だよ」
「くすぐり!?」
「古来からある拷問なんだよ?」
 そう、何を隠そう私はくすぐりフェチである。
 両腕を広げて無防備な身体、しかも好みど真ん中のお兄さんが目の前にいる。──誰が欲望を抑えられようか。
「そ、そんなアホみたいな攻撃に屈するわけっ!! ひゃあっ!?」
 お兄さんの言葉を遮るように、指先を彼の首元にすうっと滑らせた。
「確かにお兄さんは超精密だね。こんなに敏感なんだもん」
「ちょ、ちょっと待て!! だいたい君がパスコード忘れなければっ……!!」
 抗議の声がやかましいので、私は脇腹を両手で掴み、そのまま揉みほぐすように指を食い込ませる。
「っく、ふ、ふふっ……っふ……はっ、ははっ……! こんなのっ……ふ……っふふ……っ、あっ、はっ!」
 お兄さんは必死に耐えているが、声が裏返り始めていた。
「すごーい、耐えるねぇ」
 私は感心したように呟きながら、さらに指先を小刻みに動かす。超精密なプログラムのはずの門番は、額に汗を浮かべて笑い声を漏らしている。
「ここはどうかな」
 私はお兄さんの大きく開かれた腋の下に、ゆっくり指を近づけていく。
「んひぃ!? ……ふふっ……っく……くへへっ!! ふっ、くっ……ふふふっ……!!」
 指が近づく度、お兄さんの笑い声は大きく膨らんでいった。腋に到達したところで、私はぴたりと手を止める。
「お兄さん、ここどいてくれる?」
「…………退かない……っ!」
「残念」
 熱を帯びた腋の下を、十本の指先で優しくこちょこちょしてあげる。
「ひゃっ!? あぁっはははははっ!! やっ、やめっ……くふっ、ふっははははは!! はっ、はははっ……あっ、あっははははっ!!!」
 お兄さんは顔を真っ赤にして、首をぶんぶん左右に振る。
「ここが好きなんだね?」
 問いかけに否定の動きを繰り返すが、笑い声は止まらない。
 ……んー、それにしても。こんなに笑い悶えているのに、彼の両腕はまっすぐ伸びたままだ。まるで固定されているみたい。
 疑問に思った私はくすぐる指の数を減らし、探るように言葉を投げかける。
「お兄さんって動かないんじゃなくて、動けないんじゃないの?」
「ち、ちがっ、あははっ!? 効いてない、だけっひゃっはははっ!!!」
 必死に否定しようとする声は、笑いに呑まれて途切れ途切れだった。
 強情だな──。
 人差し指と中指で、腋の窪んだ部分をそっと掻いてあげる。
「ぎゃっはははっ!!? そっ、ぶっははははっ!!! そこむりむりむりぃぃぃ!!!」
「本当のこと、教えてくれる?」
 お兄さんは必死に頭を上下に振った。
 話ができるように、人差し指で円を描くようになぞる程度で留めてあげる。
「くははっ!! そうですっ!! んふふっ!! システム上、この格好から動けないんですぅっ!!」
「どうしてそんな設計なの? こんなことされても動けないじゃん」
「ゃはっ!? お、おまえみたいなぁ、変態っ、今までいないんだよっうへへ!!?」
 ほう。どうやら立場ってものを、まだ理解していないらしい。
「へー、じゃあ、お兄さんのことをくすぐり続けたらどうなるの?」
「うへっ!?」
「お兄さんはシステムなわけだし、本当の人間みたいに呼吸困難になったりはしないよね? ってことは、ずーっと、くすぐったいのが続くのかな? ちょっと試してみようか?」
 お兄さんの瞳が大きく揺れた。
「わかったっ!! ここを通す!! ほんとにっ、すぐにどうにかするから!! だからもう、くすぐるの終わり!! ねっ!?」
「んー」
「ロック解除要請中…………」
 彼は目を閉じて、ゴニョゴニョ呟く。
「もう小説読む気分じゃないんだよねー」
 腋の窪みに指を滑り込ませる。十本の指先を一斉に細かく震わせれば、瞬時にお兄さんは仰け反った。
「いやっははははっ!!?? ちょ、まっぁあっははぁっはははっ!!! そこだめぇえっへへへ!!!」
「お兄さんこちょこちょしてるほうが楽しいもん」
「ははははははははっ! あっははははっ、やめっ、ははっ、ふはははははっ!! くっ、ふっはははははっ!! だれかぁあああ!!!」
 必死の叫びが虚空に木霊する。しかし、システムの内部は静まり返ったまま。応答はどこにもない。
「……来ないねぇ?」
 私はわざとらしく首を傾げ、さらに指を踊らせた。
「ひぃっははははっ!! なんでだよっ!? 非常事態だろこれぇぇ!! いぃやっはははは!!!」
「だって、お兄さんの役割は門番でしょ? 門番が困ってるところを助けに来るシステムなんて、用意されてないんじゃない?」
「そ、そんなぁぁぁ!!!」
 お兄さんは涙目で天を仰いだ。ああ、可哀想。私に捕まってしまったばかりに。
 ま、やめないけどね。
「ふひゃはははははっ!! や、やめっ……あはははははっ!! うひゃ、っははははは、あっ、あはははっ、もうだめっ、えっへへへっ!! たのむからぁああああ!!!」
 彼の悲鳴は虚しくシステムの深淵に吸い込まれるばかり──そのとき。
「ロック解除完了」
 乾いた機械音が響き、金髪のお兄さんの体を縛っていた硬直がふっと消える。
「はぁっ……ふぅっ、はぁ……っ、やっと……!」
 お兄さんはその場にへたり込み、荒い息をつきながら床に手をつこうとする。だが。
「……あれ?」
 彼の両腕だけは、まっすぐ伸びたまま空中に固定されていた。
「ちょっ……えっ!? 足も腰も自由なのに、なんで腕だけ!? どうなってんのこれ!??」
 滑稽なその姿に私は思わず吹き出しそうになりながら、お兄さんの近くにしゃがみ込んだ。
「ふふっ……つまり、まだまだ続けていいってことだよね?」
「や、やだやだやだっ!! それだけはっ!!!」
 お兄さんが必死に首を振る。だが、両腕はピンと固定されたまま、彼の腋の下はさらけ出されている。それはもう『ここを攻めろ』と言わんばかりのサインにしか見えなかった。
 私はにやりと笑い、両手の指をわざと彼の顔前でゆっくり動かしてみせる。お兄さんの視線がその動きに釘付けになった。
「ひっ……やめ、やめぇぇ……!」
「くすぐりやすくなったし、まだまだ楽しもうね。お兄さん」
 十本の指を腋の下に食い込ませた。
「ぎゃはははははははははっ!!! もうやだぁぁぁああ!!! んふふっ、ひゃぁっあははっ、ふふふっ、ふひゃははははっ……!!」
 お兄さんは笑い転げ、床に倒れながらも、腕だけはぴんと伸びたまま。その姿が可笑しくて、私は止める気なんて一欠片も湧かなかった。
「このまま一生ここで遊ばれるのもアリだね?」
「ありじゃなぁぁぁぁぁいっ!! やめろぉぉおおおおお!!!」
 静かなシステム内に、お兄さんの笑い声だけが延々と響き続けたのだった。
👏パチパチ

単発